年末は、12月20日の『弾け!感じるままに ショパンコンクール 若き挑戦者たち』や12月28日の『徹底解剖 ショパンコンクール2025』など、ショパンコンクール関係の番組が放送され、録画しておいたものを興味深く見ました。
昨年秋に、音楽ライター・高坂はる香さんが「ぶらあぼ」に連載していた「ワルシャワ現地レポート 第18回」を読みました。今回の審査員だったクシシュトフ・ヤブウォンスキさんへのインタビューです。これについては昨年のうちに感想を書きとめておいたものがありましたので、ここに載せたいと思います。
インタビューのリンク
ショパンコンクール審査員INTERVIEW クシシュトフ・ヤブウォンスキ – ぶらあぼONLINE | クラシック音楽情報ポータル
ヤブウォンスキさんは2021年のショパンコンクールの時にもインタビューで感想を語っていました。その率直な感想に驚きながらも納得。審査員も人の子、それぞれに様々な感想を持っているのだと感じました。
今回もコンクールについての考え方は変わっていないようですが、その中で印象に残った部分を抜き書きさせていただきます。
「優れたショパン奏者であるには、第一にしっかりとした教育を受けた音楽家であることが大切です。」
きちんとした基礎を学び、何世紀にもわたる音楽創造の伝統を受けついだ楽譜というものがあるので、その言語で語ってほしいと述べています。
「ショパンの書いた楽譜のとおりに弾くこと。自分勝手な解釈で弾いてはいけない。」
ショパンらしさとは何かとは、前回、特によく言われていたことでしたね。
私はスタッカートとは、短く切って弾く、とだけ習ったように思います。ところが厳密にはこういう意味だったのかと知ったことがあります。
「イタリアをはじめヨーロッパの音楽辞典では、スタッカートとは音符の長さの半分だけ演奏することを意味するとあります。それを正確に守るか、なんとなく弾くことですませるかで、音楽の表情に大きな影響を与えます。」
「大きすぎる音のピアニストがいる。」
「ピアノ製造メーカーが可能にした最大の音量を使い、信じられないほど強烈な打鍵をすることがあります。私のApple Watchには聴覚に危険な環境を知らせてくれるアプリが入っているのですが、予備予選のとき、95dB、100dBを越えたというアラートが何度も届きました。これは、1日に一定時間以上触れていると聴覚に問題が起きる音量だそうです。」
この意見は少なからず驚かされました。ピアニストは広い会場の隅々まで届かせるために音の大きさを常に意識していると思います。音が小さすぎるより、大きすぎることの弊害が大きいと語っているのです。
優勝者のエリック・ルーには、ピアノの技術はもう少し多くのツールあったほうがいいと言っています。もろ手を挙げて評価しているのではない印象です。今回は審査員の間でも意見が分かれて、最終的に決まるまで時間がかかったと言われていますね。ヤヴォンスキ氏の思う優勝者は、アルゲリッチ、ツィメルマン、ポリーニのような人々ですから。
牛田智大さんがファイナルに残らなかったのには驚いたと言っています。
「結果について私が感じているのは、だんだんとパズルの末に出てきたもののようになりつつあるな、ということです。 審査員17人はそれぞれ異なる音楽的背景や信念を持っています。最終結果は、その点数の平均にすぎません。そこで私が疑問に思うのは、「審査員はどんな基準で演奏のすばらしさを判断しているのか?」ということです。純粋に音楽的な観点だけなのか、それともそれ以外の何かの要素が関係しているのか…。」
審査員がマーケットで売れやすいスタイルを好み、推奨する方向に傾くのではないかと危惧しているようです。
「音楽ビジネスの世界では、熱心なファンがいれば、それがすばらしさや高いプロ意識の証とみなされがちです。すると、基本的な音楽のルールを破り、ステージ上の振る舞いが演技のようになり、多くの聴衆から好まれることをしている人ばかりが評価されるようになるのです。そういう人のショパンが優れているとは限らないのに、審査員の中には、彼らの演奏がいいと感じてしまう人もいます。どのコンクールでも、観客を熱狂させる力を持っているかどうかに価値を見出している審査員がいるのです。」
コンクールで優勝することの価値が高まり、先鋭化していくことで、本来目指していたものと変わってきてしまうというのはあるのだと思います。
ヤブウォンスキさんが、前回(2021)大会でよかったと言っているピアニストはエイヴリー・ガリアーノ。私はほとんど印象に残っていませんでした。
前回のショパンコンクールのときの彼女の演奏を聴いてみました。動画を見たら、こういう人がいたなと思ったくらいですが、なんと穏やかで美しいことか。心が安らぐような演奏でした。いっぺんにファンになりました。でもあまり注目されませんでしたね。
今回もそうですが、出場者は誰もが素晴らしくうまい。でもどういうときに審査員の目に留まり上位に行くか…。なにか、時の運ということなのかな。
コンクールには、こういうことがあるのだと思います。